【スピリチュアル⑬】人は存在することに価値がある【在宅介護】

在宅介護 存在価値 存在意義 夫 妻 疲労

ただ、いてくれるだけでいい

 

先日、伯父が亡くなりました。

 

叔母は若くして難病に倒れた叔父を
長年介護し続けていました。

最後の方は寝たきりになってしまい、
ほぼ何もできなかったといいます。

叔父が難病で倒れてから
10年くらい経ちましたが、
遠く離れていたので、
その間、わたしが会いに行けたのは
たった1回でした。

 

わたしは介護福祉士ではありますが、
あくまで仕事であって、
実際に自分の家族を介護する・・・
という在宅介護は
経験したことがありません。

自分のプライベートな生活の中で
介護をするという大変さは
きっと介護福祉士として想像できる範囲よりも
もっと大変なものなのだろうと思います。

 

 

叔父の告別式に参加したとき、
久しぶりに会った叔母から
こんな話を聞きました。

 

「お父さんはここ数年、
ずっと寝たきりで何もできなくて、
介護も大変だったけど、
それでも、もっと生きてほしかった」

「お父さんが亡くなってから
ピンポンと玄関がなるたびに
不審者だったらどうしよう・・・と
ドキッとするんだよ」
(セキュリティもない田舎です)

寝たきりで何もできなくても
 ただ、一家の大黒柱として
 そこにいてくれるだけで
 安心するの😌

 

この話を聴いて、
愛する人の存在というのは
想像以上に大きいのだな・・・
と思いました。

 

コロナウィルス時期施設面会制限でのできごと

 

ここ2ヶ月ちょっと、
全国どこの介護施設も
コロナウィルス の問題で
ご利用者、ご家族の面会制限が
あったかと思います。

わたしの施設ももちろんそうでしたが、
これもまた
想像していた以上に
「家族に会えない」
という大きなダメージが
ご利用者、ご家族
双方にあったのです。

職員としても、
早く面会制限がとけるといい・・・
と口々に話していました。

 

面会の制限があるまでは、
ある男性の介護者さんが
奥さんへの面会に
ほぼ毎日来られていました。

しかし
面会制限で奥さんに会えなくなると
その介護者さんは
事務所まで来て

「妻の顔を見ないとつらい。
俺が死にたくなってしまうよ。
頼むから会わせてほしい😩」

・・・・と
泣きながら
わたしたちに懇願したのでした。

 

例外を作るのは
よくありませんでしたが、
スタッフ間で話し合い、
特別に短時間での面会を
許可したのでした。

 

毎日、あたりまえのように
面会に来られているときは
平然とした表情で
奥さんと施設内を歩いていた
旦那さん。

 

しかし
「会えない」
という状況が
これほどまでに人を変えるのか・・・

奥さん自体は
認知症が進み
旦那さんの顔もわからないし、
言葉をしゃべることもできない状態

それでも
人の存在というものは
これだけ凄いモノなのだ・・・
と感じました。

 

わたしの叔父の一件もあり、
「職員がどれだけ日頃、
 どれだけ介護の仕事をかんばっていても
 家族の存在には勝つことができない」
と感じました。

 

もちろん、
例外もありますけどね😅

 

人だけでなく、動物や植物、モノすべての存在価値

植物 存在価値

わたし自身の経験です。

今から10年くらい前に
飼っていた愛犬が
亡くなりました。

単純な老衰ではなく、
認知症など
病気も重なっての「死」でした。

 

一緒にいた時間は
たった14年くらい。

でも、
亡くなってから10年経っても
いまだに夢に出てきます。

そして思い出して
寂しさを覚えます。

会食恐怖症 低収入 落ち込み 対人恐怖症 克服

 

スピリチュアル的な考えでは、
「死」は悲しみと
とらえません。

しかしそれが頭でわかっていても
寂しさを覚えるのです。

 

他にも
わたしには大切にしているモノがあります。

それは
物心ついたときから使っていた
たった1枚のタオルです。

 

洗濯を繰り返し、
色落ちしてボロボロになり、
おそらく売っても1円にもならない価値。

それでも自分にとっては
大切なタオルなのです。

 

今は全く使っておらず、
洗面所の棚に収納してあります。

それでも
それがなくなることには抵抗がありますし、
引越しのたびに捨てることなく
一緒に持っていきます。

なんなら
自分の棺桶に入れてもらおうと思いますw

それくらい
大切なのですね。

 

「存在」することじたいの価値というのは
いっけん、見た目だけではわからないこともあります。

 

 

介護施設は病院に比べて
まだ元気な人が入所しています。

しかし病院に入院して
自分では身動きも意思表明もできず、
常に管を繋がれて
命を保っている状態・・・

ほんの10年前のわたしは正直、

「そんな状態で生きていることに
 何の価値があるのだろう・・・?
本人も苦しいし、

 安楽死を制度化して楽にしてあげられたら・・・」

このような考えでいたのです。

 

今思うと、とんでもない思想でした。

ガクガクブルブル 不安

 

しかし様々なことを学び
考えが全く変わりました。

つらくても
生きていかなきゃいけない。

そして
生きる中では
人、動物、植物、虫・・・

存在していること自体が
誰かや地球のためになっている・・・

 

そう確信しています。

アルゴ まとめ ポイント 解説